秦錫工房

磨き直し

たまに入る磨き直しの依頼。作品では以前は光沢系も創っていたが、今はほとんど無いかな。
鏡面磨きは錫の技術の中でも難易度は高い方で、銚子のような曲面の多いものは比較的簡単だが、平面を明鏡止水の如く傷一つ無い面一に仕上げるのは難しい。漆の磨きと同じぐらいに難しいと聞く。私は漆の磨きはしたことは無いが、磨きカスで傷を付け易いことや多くの段階に分けて研磨する作業が似てるのだろう。
光沢になると目立たなかった小傷も出て汚くなるため、傷を取ってからの磨き直しとなる。容器内の磨き直しは請け負わず、軽く汚れを取る程度です。容器内のこびりついた汚れや被膜を取るなどは、手作業につき大変なので、可能な範囲での実用に支障が無い程度にまでです。

磨き代は多分ネットに出品されている物に近いぐらいにはなる。労力ではもっと上げたいが、作家の自分の僅かな技術で物を生かせることが出来れば、それも工芸作家としての義務を果たせるかと自分に課している。修理や磨き直しの依頼は、転売目的では割が合わない。その品に思い入れがある方のためのものかな。私も物を大事にする人のために取り組みたい。
依頼によって僅かな技術も保たれる事になり、又、私の環境は器に囲まれたものでもなく、趣味で収集してきたことも無いので、普通の工芸の形を手に取れることで、感覚や大きさ、必要形状の再確認にもなり利は大きい。

通常、錫は時間が生む経年変化による古色は、使用による小傷と共に味となり、錫独特の風合いが表れてくるので、磨き直しをせず素材の自然な風合いを楽しむことをお勧めしている。只、錫は他の金属に比べて酸化が遅く、又、錫に触れる内容物の酸化も遅くする(腐るのが若干遅くなる)効用もあり、環境や表面の模様にもよるが、錫の古色は70年ぐらい以上経たないと古色にはならない かな。
自然が生む古色は人工では出せない、陶器の自然釉のような趣がある。反対に、光沢も錫の美しさではある。同じシルバー系でも微妙に違う錫独特の素材感のある銀色(乳白銀色)だ。
一般的には古色をお勧めするが、清浄、清潔感を要する料理店や神社仏閣系では光沢のある錫が望ましい場合もあるのだろう。光り物には魔を寄せ付けない力がある。

錫は金属五行では東を表し、春、朝、陽、青などを意味する。祭器にも使用されていたことは銀の代用というわけではなく、錫である神聖な意味合いもあるのだろう。関西では神社のお神酒徳利は錫製が多く、錫杖のように錫は使われていないが当て字に入れられることも、何かしらの意味合いがあるのではと思う。 

※修理、磨き直しのご依頼は製造元が現存しない品に限ります。海外のものは御自身で調べて代理店などを当たってください。曲げて使うような工芸ではないデザイン品は受け付けていません。曲げ伸ばしの金属疲労による劣化は錫の性質上、わかっていることですので、販売店でご相談ください。当然、古いものでもありません。
又、当方は職人さんではないため作品に必要な道具しかなく、その道具で直せる範囲までです。特にスキットルの潰れ(尻ポケットに入れて変形させてしまったことがほとんど)は、直せません。尻ポケットに入れて使用しているのは映画の話で、胴体側面は弱い形状ですので胸ポケットやポーチなどに入れて下げるのが現実的です。私的には特に粋でもなく、そこまでして飲まなくてもグラスでゆっくり飲む方が美味いと思いますが。